昨年の旅はマレーシア、韓国、ブルガリア、オーストリア、ベトナムなど海外は通算八回でしかなかったが、印象に残る収穫は少なくなかった。
 一月のベトナムではホーチミン市郊外のリゾート風レストランの本格的なフランス料理を楽しみ、二月に訪れた津波後のマレーシアのランカウイ島とペナン島では、完全に復旧なったリゾートで魚介類のバーベキューを味わうこととなった。
  そして三月、韓国・宮廷料理の体験も有意義なものだった。ソウルの宮廷料理店「高麗亭」ではテレビドラマ『チャングムの誓い』でもお馴染みの高麗人参や錦糸玉子、野菜のナムルなどを前菜風に盛り付けた「九折板」や、韓国春雨、イシモチの塩焼きなど医食同源の精神が活かされた宮廷料理の多彩さに圧倒された。  

 また忘れられないのが六月のブルガリア。
 国誕生の言い伝えによれば「神様は世界の国々に土地を与えた。ところがブルガリアのことはすっかり忘れていた。もう与えるべき土地は地上にはないので、神様は仕方なく天国の一部を分け与えた」とある。
 ブルガリアの面積は北海道の一、三倍で人口は約八百万。最も大きな首都ソフィアでも百二十万人に過ぎない。国の産業は、大麦、小麦、ヒマワリ、ブドウなど農産物に恵まれ、酪農も盛ん。自給自足の成立する国でもある。まだまだ発展途上ではあるものの、「現代の楽園」との評価も頷ける。この国を旅しての感動は、山々に囲まれた自然の美しさと食べ物の素朴な美味しさにある。名物のヨーグルトやチーズなどの乳製品。上等なワインもあり、ブドウやスモモなどで造った蒸留酒アルコール度数四〇以上という「ラキア」の味も忘れ難い。

 八月に取材したベトナムでは中部の古都フエで温泉と宮廷料理。世界遺産のホイアンでは蒸しワンタンのような名物「ホワイト・ローズ」などを食べ歩いた。
 また、ここ一、二年で見違えるように美しく変貌したホーチミンでは今注目されているカフェも数軒訪ねてみることにした。かつてフランスの植民地だったベトナム。洒落たカフェがあっても不思議ではなかろう。  

 十月の韓国・安東では祭祀料理とマツタケ、それに塩鯖と、三月の宮廷料理とは異なった郷土料理に出会えた。塩鯖は日本でいえばさしずめ福井と京都間との鯖街道の名残のようと言えようか。港から遠い内陸の安東まで運ぶには塩を利かすしかなかった。京都では塩を抜いて鯖寿司に。安東では、距離と気候風土からほど良い塩加減だったので、そのままの状態で名物になった。それにしても、京都も安東の鯖もほぼ同じ漁場とは面白い。  
 日本に近い朝鮮半島のこと故、食材も調理の仕方も似たものが多いのは当然としても、唐辛子とニンニクの利用が桁違いなのには驚かされる。ただ平地が少なく産物に恵まれなかった土地柄から生まれた「地産地消」や「身土不二」など身近な自然から取り込んだ薬膳に関する知恵には興味深いものが多い。  
 もちろん日本とて地域によっては進んだところも少なくない。昨年暮れの二八日、友人宅へ餅つきに訪れた丹波篠山で味わった「ろあん松田」の蕎麦会席もそれに近いものだった。自ら摘み取った山野草や木の実などを主体とした献立は、蕎麦粉でとろみをつけたスープに生の柿を具にした「蕎麦粉と柿のスープ」に始まり、ガマズの実や猪口茸、黒豆、焼きネギなど十品ほどを盛った八寸。「大根と舞茸の煮物」などで一杯飲る。そして蕎麦は、徳島県祖谷(いや)の蕎麦粉で打った盛り蕎麦、茨城県産の蕎麦がき、塩で食べる荒びき蕎麦、篠山産山芋のとろろ蕎麦。さらに揚げ物は生麩、チョロギの蕎麦粉天ぷらなど。  
 いずれもスローフードの原点のような環境と食材であった。今年は、国内はもとより海外でもその辺りに力点を置くことになりそうである。(06年2月記)